アジア航測の創業は昭和29年(1954)2月26日です。当日は設立総会が開かれ「アジア航空測量株式会社」という社名で発足しました。創業当初の本社は東京都港区田村町5-4。塩原時三郎取締役社長をはじめとする、役員12名、社員20名、合計32名でのスタートでした。


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創業秘話
戦後の日本では昭和24年に測量法が公布され、測量体系が確立されました。
会社設立の1年半前、昭和 27年夏の終わりごろに、2人の人物が出会い、航空測量会社設立の夢を語り合いました。ほどなく志を共にする航空測量技術者の間にこの話が広まり、彼らはたびたび集まって情報を交換し、社名も「アジア航空測量株式会社」と決めて、会社設立の気運が高まりました。


会社設立の資本は、技術者らの若さと熱意に打たれた当時の元大蔵大臣津島寿一氏の秘書が、津島氏の支援も受けながら募り始めましたが、設立に必要な資本金は約5,000万円。これは、最新鋭の機材を輸入するためにも必要な金額でした。
創業への道のり

この頃設立された会社の資本金は数十万円程度が相場でしたので、5,000万円という、当時、戦後2番目の規模の資本金を集め、外国の機材を導入しようというのは、世間からみれば大冒険ように受け止められました。当然、出資者は現れては消え、消えては現れる、困難な道のりでした。
そういった状況のなか、津島氏の支援は、当時「電力の鬼」と呼ばれた松永安左衛門氏の心を動かし、電力会社8社からの資本参加を得ることができました。
津島氏がこのように新会社設立のために物心両面にわたって援助を惜しまなかったのは、戦後荒れ果てた国土の再建のために、精密な航空測量がいかに重要であるかを認識していたからです。