「日本地質学会News原稿


速報 1999年2月横浜市南区の急傾斜地崩壊

千葉達朗・屋木健司(アジア航測株式会社防災部)

はじめに

1999年2月17日(水)21時50分ごろ,横浜市南区中村町5丁目のマンション(7階建て183世帯入居,昭和62年建設)の裏の斜面で崩壊が発生した.崩壊土砂は,崖とマンションの間の隙間に山をなすように堆積し,マンションの2階付近まで達した(写真-1).このため,1・2階の20戸が土砂により一部破損し,男子高校生が,軽いけがをした.本報告は,20日に撮影した空中写真と,18・28日の現地写真や遠望観察をもとに速報するもので,崩壊現場に立ち入った調査の報告ではない.

写真-1 崩壊地の正面写真(2月28日千葉撮影)

緊急対策工事が進行中で,斜面上方の樹木は伐採され,伸縮計が設置されている.崩壊の北側半分には金網が取り付けられ,ローム層部分の整形中.マンションの屋上には取材中のマスコミが見える.

概 要

崩壊のあった場所は,横浜市の南の本牧台地の西縁で,台地上は米軍根岸住宅となっている(写真-3).崩壊した崖は,モルタルで覆われた,傾斜70-80度の人工斜面.崩壊は,高さ約30m,幅約60mにわたっており,推定体積約600立方メートル(図-1). がけ崩れがあった17日朝には、モルタルの表面が膨らみ幅10cm程度の亀裂がはいり、土がこぼれているとの前兆現象が報告されている.崩壊の発生した斜面は,防衛施設庁が民間の土地所有者から借り上げて米軍に提供し,施設庁が管理していた.国が管理している斜面であるため,神奈川県では,急傾斜地崩壊危険区域の指定は行っていなかった.崩壊直後より,防衛施設庁が土砂の取り除き作業を行うとともに,現在応急対策工事を実施中.また,横浜防衛施設局では,3月4日,今後の恒久対策を行うために,専門家による対策委員会「根岸住宅隣接がけ地崩落対策委員会」を設置し,崩れた原因や長期の安全策の検討を開始した.

写真-3 崩壊地とその周辺(1999年2月20日アジア航測撮影)

東側の本牧台地上に広がるのが米軍根岸住宅地.南北にうねるように続く緑色の帯が,高度差50mの段丘崖である.西側には沖積低地が広がり,住宅密集地にマンションや倉庫が点在している.


図-1 崩壊地周辺の地形図

東側の本牧台地の崩壊地直上は56m.マンションの地盤は5m程度なので,標高差は50m.

地形地質

横浜市南区にある本牧台地は,表面が平坦な標高50mほどの海成段丘で,今から約15万年前に形成された海食台が隆起したもので,典型的な下末吉面である. この付近の本牧台地はほぼ水平な構造をもつ上総層群が基盤となり,シルトや砂の互層で構成される.岡(1991)によれば,この付近での不整合面の高度は標高35m程度である.その上位には,下末吉層,下末吉ローム層,新期ローム層が累重する.これらのローム層中には下位より,klp降下軽石群,OP、TPなどの降下テフラが挟在される.

楔型崩壊

モルタル壁のはがれた範囲は幅約60mと広いが,斜面が大きく崩れたのは,ほぼ中央部分のみである.崩壊は,モルタルで覆われた斜面の古い崩壊跡の凹みに隣接するやや尾根状の部分に位置する.この中央部の崩壊は,その特徴的な形状から,不整合面直下の上総層群のシルト層中に存在した2方向の節理に沿うように発生した,典型的な楔型崩壊と考えられる.正面からの写真では,その2方向の節理面がV字型に見えている(写真-4).

写真-4 崩壊地ステレオ写真

崩壊部分には2つの節理面が広く露出し,くさび形をなしていることが明瞭である.

垂直写真からみた崩壊

不整合面より下位の上総層群の構造はほぼ水平で,上部にシルト層が,下部に砂層が露出する.シ ルト層中には,2枚の白色凝灰岩の挟みがあり,東西走向北傾斜60度くらいの正断層でずらされている.この小断層は節理面Bと交錯するが,節理面Bは変位していない. 上部のシルト層中には様々な方向の節理が密に発達する.節理は大きく3つのグループに分けられる.AグループとBグループは,NW-SE系とNE-SW系でほぼ直交する走向をもち,いずれも傾斜は西に60-70度程度である. C系統はほぼNS走向の垂直傾斜である(写真-2).

写真-2 崩壊地の拡大画像

崩壊したのは中央やや南側の部分で,そこから北側約50m南側約10mに渡って,モルタルがはがれ落ちたように見える.北側の縁が直線状になっているのは工事の境界で,北側は県の管轄.

崩壊はこれらの節理グループのうち,AグループとBグループの面と斜面で構成される,頂部を欠いた逆三角錐のくさび型ブロックが滑り落ちたものである.不整合面より上位の下末吉層以上の地層は,基盤の崩壊に引きずられ,載った状態で崩壊したと思われる.このような,くさび状ブロックの崩壊は,通常の風化による小崩壊と異なり,大きなブロックで崩壊することがあり,危険である.くさび状ブロックの存在は,岩盤内部の節理や断層の発達状況を精密に測定し,ステレオネット上で解析するなどして,はじめて明らかにすることができる性質のものである.崖の表面がモルタルで覆われているような場合,割れ目の方向やその発達程度を把握することはきわめて困難であると考えられる.

面の走向傾斜は直接測定すべきものであるが,危険で立ち入れないため,いくつかの角度からの空中写真と遠望写真を総合し推定を試みた.くさびブロックの面のうち,A面はN40W65W程度,B面はN60E70S程度と推定され(図-2).節理面Aと節理面Bの交線の方向がすべり方向になる.おおよそ斜面の最大傾斜方向に一致し,しかもやや緩いので,流れ盤の関係になり,不安定であることがわかる.

図-2 ウルフネット下半球に投影したもの

実測値ではないので,走向傾斜の値には10度程度の誤差を含む.

 

崩壊のタイミング

崩壊の直接的な原因(トリガー)については,直前に降雨も地震もなかったわけで,不明な点が多い.いくつかの前兆的な現象も報告されており,今後の調査が待たれる. 今回,ある意味で,モルタル吹き付けの崩壊防止効果への信頼が揺らいだことになる.しかし,くさびブロックの下方へのすべり圧力に抵抗して,モルタル中の金属網が,マスクのような位置関係で,引っ張り力によって前面から支える効果を発揮し,崩壊の発生を遅延させた可能性はある.前兆となる亀裂や小崩落が崩壊の北縁付近で見られたことや,崩壊したモルタル壁の北端面が直線的形状を示すことは,そのことを示唆している.

謝 辞

群馬大学教育学部早川先生には,テフラの認定に関してご教示いただきました.京都大学防災研究所千木良先生には,崩壊の原因に関して,現地調査のコメントをご教示いただきました.

参考文献